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BY emiko honda | 2021-12-21 13:12:05 | ヴィンテージ雑貨


現在、セサミで開催中の企画展「スージー・クーパー デザインの軌跡」。
店内には1930年代から1960年代までの彼女の作品が、所狭しと並んでおります。






「スージーの作品をひと目見て、恋に落ちた」。
そう語るコレクターさんがいらしのたですが、本当にその通り。

エレガントで愛らしくて、でも力強いスージーの世界に
惚れ込まれるファンの多いことと言ったら。
セサミの店内も、お花が咲いたような優雅な空間が広がって夢見心地です。



そこで本日は「スージー・クーパーってどんなひと?」いうテーマで、
まだまだ女性の活躍が難しかった時代を走り抜けた
スージーの激動の人生を振り返ってみようと思います。

スージー・クーパーは1902年、イギリス生まれ。
20世紀を代表する女性陶器デザイナーとして知られています。




とってもオシャレで流行に敏感だったお方だったそうです。

1995年に92歳で亡くなるまで、長きに渡って現役生活を続けたスージー。
その作風は、大ぶりなお花たが美しいパステルカラーのグラデーションで描かれた優しい世界観。

当時のイギリス家庭で毎日のように使われるほどの人気ぶりでした。



スージークーパーが生ま育ったスターフォードッシャーは、
「ミントン」「ウェッジウッド」「ロイヤルトルドン」など、
イギリスが世界に誇る陶器メーカーの工場が密集している地域でした。


そんな土地で7人兄妹の末っ子として育ったスージーは、
小さい頃から絵がとても上手で、芸術家になることを夢見る子ども時代。
しかし、1914年、11歳の時に第一次世界大戦が開戦。
同じ年に地元の名士であった父親を病気で亡くします。


何不自由のない生活が一変。
時代の波にのまれるように学校を辞めることを余儀なくされて、
家業のベーカリーショップや雑貨店を手伝いなが
ら家族とともに苦労の多い少女時代を過ごしました。



1918年、第一次世界大戦が終結。18歳のスージーは母の勧めで
地元の夜間美術学校「バーズレム・アートスクール」に入学。
当時の校長はすぐに、スージーの特異な才能に気がついたと言います。

スージーは、当初ファッションデザイナーを目指して学んでいたそうですが、
さらなる高みを目指して王立芸術学院で学ぶ奨学金を得るべく、
1922年、20歳になったスージーはペインターとして「グレイズポタリー」に入社。

そこで彼女は陶器デザインの才能をめきめきと発揮し、
あっという間にペインターからアシスタントデザイナーへと躍進。
さらに、彼女がデザインした陶器は数々の展覧会で賞に輝き、
その名が広く知られはじめました。



そんな人気絶頂の1929年10月29日。
この日27歳の誕生日を迎えたスージーは、
グレイズポタリー(Gray's Pottery)を去り独立。

奇しくも4日前に世界恐慌が始まったばかりでしたが、
情熱のままに「スージークーパーポタリー」を立ち上げ、
陶磁器の生地から釉薬、色彩にまでだわって、
本当に自分の作りたい陶器を一から作り始めます。



当時のスージーの言葉に、
「『できない』という言葉はないのよ。この言葉を言う前に『試みる』のよ」
というものがあります。どんな逆風の中でも自分を信じて挑戦し続けたスージー。

その作風はデザインも色彩も甘く優しく、のびのびと華やか。
大不況時代で沈んでいた人々を、ふんわりと癒やすような力があり、
女性たちをはじめ多くの英国人を夢中にさせたのです。



さらに彼女の人気を決定づけたのが、1932年のイギリス産業フェア。
なんと、彼女の作品を国王ジョージ5世の妃、メアリー王妃が購入したのです。

ロイヤルファミリーから支持を得たスージーの作品は一躍、
「高級品」として認識されるようになり、
1940年に「Royal Designer For Industry」に選ばれ、
ロイヤルファミリーのデザイナーとして認められました。




私生活では、1938年に建築家のセシル・ベーカー氏と結婚。

ところが、翌年1939年に第二次世界大戦が勃発。

ョールームの破壊や工場の全焼などの困難の中、
1943年に誕生した長男の育児に専念していたスージーでしたが、
「戦争で傷ついた人々の心を優しい器で癒やしたい」と考え、
戦前とは一転したアースカラーを中心にしたナチュラルな作品へと変化していきます。




1950年代、50代となりキャリアを積んだ頃には、
デザインのみならず企画・構成・生産の全てを指揮。
王室の注文をまとめたり、カナダやアメリカ、オーストラリア、
南アフリカにブラジルといった世界を相手に販路を拡大していきます。

さらに、世界中の陶器に触れる中でつるりとして貫入のない
丈夫なボーンチャイナの時代が来ることを予想し、
ボーンチャイナの会社を買収。「スージー・クーパー・チャイナ」を設立します。

陶器デザイナーとしてはもちろん、自ら会社を設立・運営し、
経営者としての手腕も光らせたスージークーパー。

激動の時代を駆け抜けた彼女は70歳で大英帝国勲位、
86歳で王立芸術学院より最高名誉の博士号を授与。
その後もフリーのデザイナーとしてウェッジウッドと契約を結び、
1995年に天珠を全うするまで仕事を続けました。




女性たちがゆとりのある暮らしに憧れ続けた時代に寄り添い、
手頃な価格で、普段使いできるセンスの良い陶器を
生み出し続けたスージーは、まさに陶器界の革命児。

元エリザベス女王の母上にあたるエリザベス皇太后陛下は、
「スージー・クーパーがなければ家は完成しないわ」との名言を残し、
実際に1960年の作品「グレンミスト(Glen mist)」は、
1990年までサンドリンガム宮殿で使われていました。
エリザベス女王やダイアナ妃も「グレンミスト」でアフタヌーンティをしたそうですよ。


ちなみに「グレンミスト」は霧深い渓谷にひっそりと咲いている
ブルーのお花を描いた作品で、セサミにもセットで入荷しております。


大きな2つの戦争に翻弄されながらも、家庭を守り、子どもを育て、
自分自身の手で仕事をやり遂げていった彼女。
スージー・クーパーの陶器には、
そんな彼女の大きくて強い愛が溢れているように感じるこの頃です。



  


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